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量子統計力学のThermal Pure Quantum (TPQ) stateによる定式化

近日中に執筆予定ですが、とりあえず、
をごらんください。原著論文を読みこなせる人は、
などをご覧下さい。

(つづきは執筆中)

マクロ系のゆらぎの量子論とスクイズド平衡状態


 マクロ系の平衡状態を観察すると、様々な物理量が時間的に揺らいでいるのが観察されます。ところが、通常の統計力学の定式化で用いるGibbs state (カノニカルアンサンブルなどを表す量子混合状態)も、我々が作り上げた統計力学の新しい定式化で用いるthermal pure quantum state(下の解説参照)も、物理量の期待値はまったく時間変化しません。つまり、ゆらぎは、実際に物理量を測定して始めて見えるものです。しかし、従 来の統計力学では、測定過程を量子測定理論できちんと扱うことをせず、「とりあえず、この相関関数でいいことにしましょう」というようなずさんな議論で済 ませてきました。

 そこで我々は、孤立量子系の平衡状態における、示量変数のゆらぎを、現代的な量子測定理論を使って解析しました。

 一般に、物理量の異時刻相関関数は、測定に用いる測定器により異なる値をとることが知られています。単に期待値を計算するような通常の量子力学の予言で あれば、状態を用意しては測定する(測定後の状態は測らない)、の繰り返しをした場合の予言なので、(バイアスがかかっていないまともな測定器ならば)ど んな測定器を使っても同じ結果が得られます。しかし、異時刻相関関数の測定では、測定後の状態をもう一度測る、ということをするので、測定器がどんな反作 用(擾乱)を及ぼすかで結果が異なるのです。

 しかし、「ケースバイケースで結果が変わる」だけでは何も言っていないのと同じです。物理として意味がある普遍的な結論を得るためには、何か自然な仮定をおいて、「まともな相関測定をする場合」を一網打尽に論じる必要があります。

そこで我々は、「相関を測るのだから、反作用(擾乱)が、原理的に許される範囲内で、できるだけ小さいような測定器を使うのが自然だ。だから、最小擾乱測定(*)を仮定する」という自然な仮定をしました。

(*)大雑把に言うと、擾乱(測定の反作用)が、測定誤差で決まる最小値になっていて、それ以外の余分な擾乱を起こさない測定。

その結果、次のことが分かりました:

1.平衡状態において示量変数Aを測ると、 測定の反作用によりスクイズド平衡状態と呼ぶのがふさわしい量子状態が出現する。

2.その結果、平衡状態における示量変数A, Bのゆらぎを実際に測ると、 
           対称化積相関+非可換性から生ずる測定の反作用

を測ったことになる。

3.示量変数が揺らいだ値から緩和する仕方も、実際に測ると、

        対称化積相関+非可換性から生ずる測定の反作用

で決まる。

4.その結果、揺動散逸定理が、実際にゆらぎを測ると、ω → 0においてすら、一部の輸送係数で破綻する。

5.Onsagerの平均崩壊仮説も、実際にゆらぎを測ると、ω → 0においてすら、一部の輸送係数で破綻する。

以下、4,5がどういうことかを補足します。具体例として、電気伝導度テンソルσを考えます。

既知の知識の整理:

輸送係数のフーリエ変換であるσ(ω)は、電流のカノニカル相関に因果律を課した上で(つまり階段関数をかけて)フーリエ変換したもの。
これと、対称化積相関に同じ因果律を課してフーリエ変換したテンソルC(ω)が、ω → 0において一致するかどうかを調べる。
すると、たとえば実部 Reσ について次のことが言える:
(a) テンソルの対称化部分は、Reσ(0) = Re C(0).
(b) しかし、反対称化部分は、量子系では Reσ(0) ≠ Re C(0).

従来の解釈:

(i) 実験で測られる量子系の「相関」は、使う測定器により異なるので、一致しないこともあるだろうが、適切な測定器を使えば一致するだろう(と期待している)。
(ii) 揺動散逸定理は、散逸に関する定理であり、散逸に直接関係のないReσ(0)の反対称化部分にまで成立を主張はしていない。
(iii) 平均崩壊仮説は、Kubo-Yokota-Nakajima(1957)が示したように、示量変数が揺らいだ瞬間の状態を、仮想的な外場がかかった平衡状 態(von Neumann entropyを最大にする状態)に選べば、その緩和はちゃんとカノニカル相関になるからいいのだ。

今回分かったこと:

今回我々が示した1,2によると、最小擾乱測定という自然な測定では(i)は満たされず、「反対称化部分について揺動散逸定理が破られている」という実験結果が得られることになります。→4

また、3により、「ゆらぎの反対称化部分は応答関数とは別の係数で緩和する」ことになり、「Onsagerの平均崩壊仮説が破られている」という実験結果が得られることになります。→5

従来の解釈(ii)を採用すれば、揺動散逸定理の破綻は避けられますが、平均崩壊仮説の破綻は救えません。

従来の解釈(iii)は、「示量変数が揺らいだ瞬間の状態を、仮想的な外場がかかった平衡状態とする」というのが、実験と対応していないことになります。
実験でゆらぎを測れば、測った物理量についてsqueezeするはずですが、Kubo-Yokota-Nakajimaの状態はsqueezeしていません。
我々の理論では、ちゃんとsqueezeした平衡状態が得られ、それが緩和していきます。
(これは、Gibbs stateやTPQ stateとは違い、マクロ量の期待値が実際に揺らぐ平衡状態、という意味でも面白い状態です)

以上の成果は、藤倉君の修士論文としてまとめられ、投稿論文を執筆中です。

Quantum Thermodynamic Machines


現在の物理学のもっとも大きな対象は、高い対称性(とくに並進対称性)のあるハミルトニアンで記述される系の、様々な相(phase)を見いだし、その物理的性質を探る、というものです。

「相」というのは、マクロに見て均一な平衡状態のことです。たとえば固体結晶は、ミクロに(原子の大きさぐらいの精度で)見ると均一(並進対称)ではありませんが、マクロに(たとえば人間の目の分解能で)見ると均一で並進対称です。

ですから、「様々な相の物理的性質」というのは、均一な平衡状態の比熱や帯磁率や、そこに外場をかけたときの輸送係数(電気伝導度や熱伝導度など)などの、単純な物理量で記述できる性質になります。

つまり、現代の物理学の主要な対象は、模式的に書くと、

A. 「相」を研究する物理学
 高い対称性(並進対称性など)のあるハミルトニアン
 → (マクロに見て)均一な状態
 → 単純な物理量で記述できる性質

となります。

一方、身の回りの機械、電子機器、生命系などを見回すと、並進対称性はありません。そしてこれらは、もはや単純な物理量では記述できないような、複雑で高度な機能を持ちます。同じ構造を繰り返す並進対称性がないからこそ、複雑で高度な機能を持ちうるのです。

そうは言っても、通常の機械や電子機器では、その部分部分を見ると、Aになっています。つまり、 従来は、

B. 複雑で高度な機能を持つ系:通常の場合
 Aの物質を組み合わせて機能がある系を作る。
 → このときの物理学、つまりAの役割は、いわゆる材料研究だ。

というスタンスだったと思います。

しかし、考えてみると、生命系の中の微小器官を見てもわかるように、機能がある系にAは必ずしも必要ありません。

特に、物理学の研究対象として盛んになっている、ミクロでもマクロでもないその中間スケール(メゾスコピックなスケール)の系に機能を持たせようとしたら、もはやAは要りません。系が小さいから、Aの「材料」をいくつも組み合わせられないので、もしもAを経由したら、単純な機能しか実現できません。むしろ、Aを経由せずに、直接的に、機能のある系を考えるべきです。

これはもはや、工学ではなく、新しい物理学の分野です。なぜなら、後述のように、(少なくとも現在の)工学で扱えるのはBまでであり、物理学者だけが(化学者などの他分野の研究者とも協力しながら)この新しい分野を切り開くことができるからです。

つまり、模式的に書くと、

C. 「機能を持つ系」を研究する物理学
 対称性が低い(並進対称性もない)ハミルトニアン
 → 対称性が低い(並進対称性もない)状態
 → 複雑で高度な機能

となります。言い換えると、

C'.  ある機能を、必要最小限の自由度で実現するには、どんな物理系にすればよいか?

を研究するのです。そうすると、当然ながら、量子効果が効き、さらに、、エネルギーだけでなくエントロピーが重要になってきます(たとえ数十自由度でも、状態数は指数関数的に大きいから)。多自由度の量子系で、量子効果・エネルギー・エントロピーがすべて重要になる系の機能を設計し解析することは、(今のところ)物理学者にしかできません。このような系を、我々は、Quantum Thermodynamic Machineと名付けました。相の研究から機能の研究へ、です。

このような研究は、ほとんどなされていませんでした。

たとえば、いわゆる「量子デバイス」は、単純な機能を(実効的に)少数の自由度で実現するような場合だけを考えてきました。しかし、そのようなケースには、不確定性原理によるシビアな限界があることが清水らにより示されました。

そこで、もっと複雑な機能を多くの自由度を使って実現することはできるか?という問いが浮かんできます。この問いに対して、機能を計算に限定し、熱力学エントロピーが効かない低温に限定したのが、量子計算機です。

これを拡大して、多自由度の量子系で、量子効果・エネルギー・エントロピーを全て利用して機能を持たせた系が、Quantum Thermodynamic Machineです。

この研究は、始めたばかりなので、まだ、プロトタイプを設計してその学会発表を終えた、という段階です。いままさに、研究を日々進めているところです。

非平衡定常状態の量子統計力学

非平衡状態の統計力学は、等重率や情報エントロピー最大原理を課しても駄目だ、と言われています。

しかし実は、駄目だと分かっているのは、古典系だけです

古典系では駄目だという証拠はたくさんありますが、たとえば、多くの物理系のハミルトニアンは、運動量を含む項と位置を含む項が分離して足し算されていま す。そのような系に古典力学を仮定して等重率を課してしまうと、粒子位置の分布関数は、運動量項とは全く無関係になってしまいます。非平衡状態に特徴的な 流れに関係するのは運動項ですから、これは、粒子位置の分布関数が平衡状態と同じになってしまうことを意味し、実験事実と矛盾します。

ところが、量子系ではこの論理は通用しません

量子系では、たとえハミルトニアンが運動量を含む項と位置を含む項の足し算になっていても、非可換性のために、両者が絡み合ってきます。そのため、等重率を課してみると、運動量分布だけでなく、粒子位置の分布関数も平衡状態とは異なるものになるのです。

もちろんこれだけでは「駄目だという証拠がない」だけであって、正しいという証拠もありません。

実際、「等重率」と言っても、非平衡状態の場合には、どんな条件を課した上での等重率かよいか、ということすら自明ではなくなるので、まずそこから調べていく必要があります。

それでも、古典系のような「絶対駄目」だったのが「量子系ではいけるかも」となっただけでも朗報です。なにしろ、まともな指導原理がまったくないのが非平衡統計力学ですから。また、清水はよく(様々な証拠から)「統計力学の基本原理を研究するならば量子系を仮定することが必須だ」と主張していますが、そのこととも合致しています。

そこで我々は、量子論+様々な内容の等重率、で非平衡状態の何がどこまで記述できるかを調べ始めました。

(つづきは執筆中)