投稿論文の査読について  1/11/ 9(金)

(11/12に「反対意見」に続く文章を加筆)

投稿論文の査読については、多くの方々が持っているのと同じような不満を僕も持っているが、ここではそういうことはおいておいて、referee としての基本的な考え方について一石を投じる意見を書く。

ある、ヨーロッパの理論物理学者が、論文を Phys. Rev. Lett. に投稿してきて、僕はその referee のひとりになった。論文がやりとりされているうちに、referee は4人にまで増えた。僕以外の3人のreferee達は、文句なく出版を薦めたのだが、僕だけが「そう考えたくなるのは無理もないし、実際、そのように誤解している人は少なくないけど、誤りである。だから、このままでは出版は適当ではないと思われる」と判定した。referee report にはその通りに書いたのだが、僕は、いっそのことこのまま出版して、公の議論の対象にするのも良いのではないかと考えた。というのは、著者のみならずreferee 3人もこれを正しいと考えているからには、この誤りが相当広く蔓延している証拠だが、この論文が出版されなければ、その誤りを公開の場で指摘することができなくなり、あいかわらずその分野の研究者の間にこの誤りが蔓延したままになってしまうからである。そこで、僕はeditor あての手紙で、「Another possible choice might be to publish the paper as is, in order to stimulate discussions among physicists working in XXXXXX physics, although I am afraid that it would be against the policy of PRL.」と書いた。つまり、

清水の意見1: referee の仕事は、自分が誤りと判断した論文は出版させない、という単純なことではいけないと思う。時には「誤りだからこそ出版すべし」という判断もあって良いと思う。

これについては、反論も多いだろう。つまり、

反対意見: いや、科学的に間違っている論文の出版をくい止めるのがreferee の第一の仕事だ。

しかし、それでいいのだろうか?それでは、科学的に間違ってないことが絶対的なハードルになるので、いわゆる、creative error (例えば、Mott の minimum metalic conductivity の論文のように、誤りではあったけれども、科学の発展に大きな寄与をした仕事)の論文が載る余地がなくなってしまい、ともすれば、あまり意味がないが科学的には間違っていないような論文(例えば、恒等計算をしただけの論文)ばかりになってしまわないか?そして、「こういう計算ならPRLに載るのか」ということで、同じような計算を別の系でした論文が載り…という具合に、つまらない論文で溢れてしまわないか?そして、そういう論文群はお互いに引用しあって大勢が興味を持っているかのように見せるので(そうしないと、PRLに載せてもらえない)、どれも高い被引用率を持つようになる。で、若い人も、物理とはこんなものか、と思ってしまうのではないか?

この論文の時は、結局、editor は出版することに踏み切れず、Phys. Rev. Lett. には掲載されなかったのだが、Phys. Rev. Lett. に reject された場合、ヨーロッパの人はよく、Euro. Phys. Lett. に再投稿する。この時も、著者はそうした。ところが、その referee の依頼が、また僕の所に来たのである。全く同じ論文なのだから、僕が判定したら、また同じになる。そういう場合、どうするか?

上記の反対意見の考え方に立つと、この場合も、あくまで出版に反対するべきであろう。しかし、僕は、上記の「清水の意見1」に加えて、次のようなことを考えた。

清水の意見2:どんな論文であれ、別の journal でまで同じ referee に refect されるのは、fair でないし、ひとりの人間が、そこまで他人の仕事の生殺与奪の権利を持ってしまってはいけない。

ひらたく言えば、referee の方が間違っていることだってあるし、あるいは、論文が部分的には間違っていても、全体としては重要なことが述べられていることだってあるのである。誤りでなく、価値観の相違(つまらない、とか、近似が気に入らない、等)で reject した場合なんかなおさらである。

そこで、僕はeditor に、「I am sorry that I must decline to be a referee of this manuscript because I was a referee of the same manuscript when it was submitted to another journal.  I think it is not fair if a manuscript is rejected twice by the same referee. So, please appoint another referee.」という手紙を書いて、referee になることを断った。

意見1の方はかなり過激で賛同を得にくいかもしれないが、意見2の方は、是非ともルール化して欲しいと思う。つまり、ひとつの journal で査読してnegativeな意見を書いた論文の審査が別の journal から依頼されたら、それは断るべし、ということである。これがルールとして確立していないために、ゲンナリした経験がある人は、結構いるのではないだろうか?