ミクロとマクロを繋ぐ (2) 「なんで相加変数でやるのさ?」
2007/08/21
な
んでこんなことを書くのかは、この雑記の冒頭の茶色い部分をご覧ください。
熱力学を正確にやろうとしたら、相加変数(示量変数)だけを基本的な変数にとらないといけない。
このことをきちんと述べている教科書は、僕の本以外では、
田崎さんの教科書だけである。ただし、田崎さんの教科書では、このことは脚注に書いてあり(そのせいか田崎さんの教科書を読んだ学生のほとんどがこの事実を知らないらしい!)、
教科書の内容自体は、温度を基本変数にとるスタイルで書かれている。そして、「本書の議論は三重点などでは破綻するが、本書の内容を示量変数を基本的な変
数にとって書き直
して破綻しないようにすることは容易であろう」とい
うような意味のことが書いてある。
でも、一冊の本をまるまる書き直すことが容易かなぁ…。だって、僕も田崎さ
んも熱力学の教科書の執筆に何年もかかっりましたよね、田崎さん。
キヤレンの本はどうかというと、せっかく示量変数を基本的な変数にとって議論を初めておきながら、その後の議論を、そのメリットがほとんど失われてしまう
形で展開してしまっている。たとえば、Legendre変換を、何の特異性もない関数の場合しか適用できない形で説明し、肝心の相転移の議論を、まったく
普通の(せっかく示量変数を基本的な変数にとったことのメリットが全くない)形式で行ってしまっている。
実際には、僕の本を読んでもらえればわかるように、示量変数を基本的な変数にとってきちんとした議論を行えば、とても美しくすっきりとした理論が展開でき
て、熱力学関数が微分不能になったときの左右の微係数の意味もはっきりするのである。
そのことを記した教科書は、筆者の知る限り、他にはない。(だからこ
そ、本を書き下ろす気になったのだが)
このように、示量変数を基本的な変数にとることにより、他の流儀では得られない正確さと美しさを理論が獲得するのだが、その他にも様々なメリットがある。
普通の流儀では、基本的な要請(基本法則あるいは公理)に、熱や温度という、ミクロ系の物理学にはない、熱力学に特有な量(つまり、熱力学をマスターしな
いとわからない量)が複数個登場する。そしてエントロピーを、熱と温度を用いて定義するから、熱力学に特有な(つまり、考えてみるとよくわからない)量を
用いて熱力学に特有な(よくわからない)量をもうひとつ定義するようになってしまっている。わからない量からわからない量を定義するのが、はたしてわかりやすいだろうか?
それに対して僕の本の基本的な要請には、熱力学に特有な量はただひとつしか出てこない。それがエントロピーSである。そのSを与える関数(基本関係式)の
引数U, V, N,
...は、すべてミクロ系の物理学で定義できる相加変数だけである。(熱とか温度とかは、基本的な要請には不要で、後から誘導される量にすぎない。)
これはちょうど、解析力学で、ラグランジアンというわけのわからない量を1個だけ導入することにより、理論が構成できるのと同じである。つまり、力学はラグランジアンという1個の量だけ認めれば定式化でき、熱力学はエントロピーと
いう1個の量だけ認めれば定式化できる、というわけだ。
また、ボルツマンの公式 S = log W の理解も、SをS(U, V, N,
....)のようにミクロ系の物理学で定義できる相加変数だけの関数と考えてはじめて明確に理解できる。つまり、右辺のWもW(U, V, N,
...)となり、右辺が完全にミクロ系の物理学で定義できる量になるのである。