量子計算機はなぜ速いのか?  1/12/26(水)

補足  3/ 8/ 6(水)

今日、M2の院生の浮穴(うけな)君の修論の計算結果が、出た。(修論の提出期限が1月18日だから、「え、まだ計算してたの?」といわれそうだが、まあ、研究内容の良さに免じて…。)これは、最近の清水研の主要な研究テーマのひとつである、開いたマクロ量子系の研究の一環である。

Quantum Physicsの説明にも書いたように、量子系の本質は、「古典力学+古典電磁気学では記述できないことも記述できる」というような狭い所にあるのではなく、「古典的な世界観(局所実在仮説)では記述できないことも記述できる」という所にあるのである。つまり、量子論で記述できる現象の中には、

(C) 古典力学+古典電磁気学でも記述できる。

(C') 古典力学+古典電磁気学では記述できないが、古典的な世界観の範囲内で記述できる。(つまり、局所実在仮説の範囲内で、古典力学や古典電磁気学には従わない適当なモデルを作ってやれば記述できる。直感的な言い方をすれば、量子論はパラメーターや運動法則の繰り込みに顔を出すだけだ、ということである。)

(Q) 古典的な世界観(局所実在仮説)では記述できない。

という、3つのカテゴリーがある。普通は、(C')に属する現象も量子系の本質であるかのように説明されるが、(C')の説明を読めばわかるように、実は、それらは量子系の本質ではない。(Q)だけが、量子系の本質である

このことから、我々は、量子計算機について、次のような予想を立てた:

1. 量子計算機が古典計算機よりも真に速いのであれば、計算の途中で、(Q) に属する状態を必ず一度は使っているはずである。(古典計算機の理論に現れる Turing machine は、別に、古典力学+古典電磁気学に従うことを仮定されているわけではないことを思い出せ!)

2.量子計算機が意味を持つのは、キュービットの数が非常に大きいときであるが、その時、(Q) に属する状態は、環境によって異常に速く壊される筈である。(これは、宮寺君とやった仕事の結果!)

3.従って、環境との結合定数をいかに小さくしても、キュービットの数を増すにつれ、環境からの擾乱が relevant になってしまい、計算結果が狂ってしまうであろう。(つまり、キュービットの数が小さいときと非常に大きいときとでは、本質的に違う物理が効いてくる。)

浮穴君は、数値シミュレーションで、夏頃までに1を確認し、秋頃までに2をほぼ確認したのだが、3については苦労していた。なぜなら、数値シミュレーションでは、小数のキュービットの系しかシミュレートできないので、計算結果に影響する様々な要因が、どれも皆同程度に効いてきてしまい、その中から、キュービットの数が非常に大きいときに relevant になるものを見つけだすのは簡単ではないからである。さらに、(Q) に属する状態を使っているのは1箇所だけとは限らないし、しかも、その中には、(Q) に属する状態を本質的には使っていない(他の状態でも代用できる)箇所だってあるからである。

そういうわけで苦労を重ねた訳だが、ようやく今日になって、3もほぼ目処が付いたのである。これは、いろんな意味で大変重要な成果だと、僕は思う。たとえば、量子計算機が速い理由は、単に並列計算をするからだけではないことがわかる。さらに、entanglement が重要とよく言われるが、どういう entanglement であるかとか、どのようにそれが効くのかを、開いたマクロ量子系の物理の知識を使って定量的に分析したのである。

さて、この成果を世に問いたいのだが、問題は、浮穴君も僕も、プレゼンテーションが苦手であることである。今まで何度か彼には発表してもらったが、そろそろ2人で出かけて詳しい説明をしないといけないかな?

この仕事の内容を、ようやく論文として書き上げました。進歩が早い業界の仕事なのに、時間がかかりすぎたように思う。ここは率直に反省しないといけない。そのかわりと言っては何だが、上で書いたことよりも、内容が若干豊富になっている。

今後は、杉田歩さん(基研)とやっている多自由度量子カオス系をShimizu-Miyaderaの見方で分析する研究において開発した手法を用いて、量子計算機で使われている状態の、多体量子論の見方による完全な分類リストを作ることなどをやる予定である。