物理の理論を「公理論的に」記述することについて
2007-04-18 (04-23ミスプリ修正)
「厚いと売れない」「高いと売れない」という出版業界の「常識」に反論するために、厚くて高い「熱力学の基礎」の売れ行きをGoogleで調べ始めたら、僕の熱力学の本
と田崎さんの熱力学の本を比較している評論に出会った。(賛成できるかどうかは別として)鋭い評論だったので、コメントをしました。
僕の「熱力学の基礎」は、最初に「要請」(数学で言えば公理のようなもの)を示し、そこから演繹的にすべての結論を導いていくスタイルをとっています(それをここでは「公理論的」と言うことにします)が、それについて
です。そのコメントからの抜粋です(これだけで話が見えるように適宜補いました)。
「公理論的な体系は、論理構造が明確な反面、その公理からはずれたときのロ
バストネスがないのでは?」という疑問に対して:
たしかに僕は、できあがっている理論については、いっさいのしがらみを捨てて、その完成形をきちんと書こうとするタイプです。
そのような理論のロバストネスについてですが、公理系を金科玉条のように思ってしまうと、その理論はロバストでなくなってしまいますが、物理の場合は、公理系を試行錯誤して改良してよい。
つまり、様々な物理系に適用してみて、「公理のここをちょっとだけ変えれば、このような特異な物理系にも適用できるようになり、格段に適用範囲が拡がる」
ということに気づくわけです。
まさにそのような試行錯誤の過程が、僕が講義ノートを毎年改良し、本の原稿を書き始めてからも毎月のように公理系に手を入れてきた作業なのです。公理系に
手を入れると、それ以降の章もすべて書き換えないといけないので、ものすごーーーく時間がかかります。それで、出版が延び延びになりました。
公理系を設定するときには、例外が出ることをおそれて無難な(広い)公理にしてしま
うと、何も言っていないのと同じになってきて、理論の価値がかえって落ちてしまう。適用範囲ができるだけ広く、なおかつできるだけ強い(踏み込んだ)ことが言える理論が物理の良い理論ですが、両者は全く相反す
る条件なので、非常に難しい。
Liebは、その有名な熱力学の論文の中で「この理論に当てはまる物理系だけ考える」と言い放っています。それは理論を正当化する最も無難な言い方です
が、上記の最も重要で困難な問題から逃げていると言わざるをえません。
というわけで、僕は現時点で「適用範囲ができるだけ広く、なおかつできるだけ強い」公理系を提案したつもりです。これを出発点にして、さらに広く強い理論
を作る(できれば非平衡状態にまで拡張する)のが、若い人たちの仕事です。期待してます。
「僕のお薦めは、熱力学ならば田崎本と清水本の両方を読むことです。また、量子論ならば、朝永本と清水本の両方を読むことです* 。もちろん、田崎本や朝永本に書かれているのは「創世記」なので史実ではないことは理
解し
た上で、ですが」という僕のコメントに対して、田崎さんが「たしかに両方とも読んでいただければうれしいけれど、熱力学だけにそこまで時間をかけられる人
はあまりいないかも」という、いつもの田崎さんらしくないコメントをしたので、
ところで、田崎さん。教科書を2冊読むぐらい、たいしたことはないでしょう?田崎本が出る以前のようにろくな教科書がなかった時代ならば、訳のわからない
記述や(本質的に)間違った記述のところでつっかかってしまって、読むのに膨大な時間がかかりましたが、田崎本や清水本は、そういう事はない(はず…もち
ろん、ミスプリの類はありますが)。
しかも、田崎本か清水本か、どちらか一方を読破した後であれば、もう一方を読むのに要する時間が、おそらく半分以下に短縮される。だから、2冊読むと言っ
ても、かかる時間は、1冊読むときの1.5倍以下で済む。(<< 訳のわからない本を1冊読むのに要する時間**)
量子論だって、昔は、異なる本の間の記述の違いにとまどうこともあったし、量子論そのものの本質に関する記述が曖昧だったわけですが、たとえば清水本の2
章とか7章の後半を読んでから他の本を読めば、それぞれの本の出発点がよくわかるから、清水本・朝永本に加えて多数の本を読むのも、格段に楽になった。
いつもの田崎さんだったら、「君たちはすごく恵まれた時代に物理を始めたんだから、どんどん本を読め!どんどん手を動かせ!!」と叱咤激励するのでは?
*
量子論の場合はさらに、教科書の「さらに学び
たい人のための指針」に書いたことを記した本も読む必要があります。量子論は、学ぶべき事がとても多いので、何冊も読む必要があるのです。
**
初出のとき、不等号の向きが間違っていました。こういう「前後のつながりでわか
るだろう」と思うところは、きわめてルーズになってしまう(チェックもしない)のが、僕の悪い癖なので、気をつけよう…。